大沢タハハ本舗

       地の果て支店

 今回の話は3月某日朝の新宿駅成田エキスプレスのホーム上から始まる。自分の車両へ向かって歩いていた所、ぼくは「ぬ〜」と思わざるを得ない光景を見てしまった。バカップルですよ、バカップル男はジンガイで女は日本人。こいつらが車両の入り口の前に立ちふさがって思いっきり濃厚なディープキスをばカマシとるとですよ(興奮の余り訛ってしまった)。ドラマ以外で日本人がこういう事をするとオポンチ極まりない光景に見える気がするのだが、本人達はそんなことも、僕の視線にも気づかずへばりつき合っていた。一寸「怒っちゃおうかな〜」(注1)という衝動がむらむらっと起こったが、小心者なので実行できず反対側の端から車内へ。程なく列車は成田へ向かって進行し始めた。

 

  で、今回これからどこへ向かうのかというと、またもやイギリスだったりする。これまでの連載をお読みの方はお分かりだろうが僕は一昨年から去年にかけてイギリスに住んでいた。其の間に北はスコットランドから南はフォークストン(海峡トンネルのある所)まであちこち全英を回った。そんな中で唯一行っていなかったのが「マスターキートン」でも話題騒然のコーンウオール、南西の突端であった。今回の旅の目的はイギリスの西の端、ランズエンドに立つことである。旅の前半は中学時代からの悪友Mが同行する。彼は僕が向うに住んでいる間に訪ねてきたのだが、其の帰りに予約してあったヴァージンアトランティックの便にオーヴァーブッキングで乗れず、同じ時間に出る英国航空機で帰国した。その時、お詫びの「粗品」としてヴァージンの往復無料航空券をゲットだぜ!したのであるしたがって彼は往復の交通費はただである。しかもヴァージンなのである。彼が「なんか忙しくて出かける暇も無いから勿体無いけど(券を)捨てようかな」とのたもうしたのを聴いて「俺の手元にAK47が無いのを有り難く思え」と心のうちで思ってしまった。結局彼は何とか時間と金を手に入れたようであった。運のいい奴。

 

 列車は昔懐かしい新小岩や市川を抜けて(拙著「n/a」を参照)千葉から成田へ向かった。僕は十四時間後の再会を約束して一足先に第2ターミナルで下車した。前日に送ってあった荷物を受け取って本日搭乗予定の、その昔「兼高かおる世界の旅」のスポンサーとしておなじみだったSAS(スカンジナビア航空)のカウンターへ。運命の座席指定を受けるわけである。今までに口が酸っぱくなるほど言ったが、航空ファンである僕にとってこの瞬間は常人では及びもつかないほど重要なときなのである。窓側が取れるのか、それにこの旅を気持ちよく始められるかどうかが懸っているのである。結果、何とビジネスクラスの窓側をゲットだぜ!すいているので早い者順にビジネスクラスの空いている席に座らせてくれるらしい(多分後ろのエコノミークラスに乗客が集中すると重心が狂うからだと見た)。但しこの時、ジーンズをはいているとアウトなので皆さんにも海外旅行に行く時、初日と最終日はジーンズを避けるようにお勧めしておきたい。

 

 1時間半ばかりの後に僕は機上の人となったのだが、これがまたびっくり、今時珍しくバスで飛行機まで連れて行かれてタラップで乗り込むのであった。なんかええなぁ、旅情があって。が、ここからが問題であった。ヨーロッパ行きの常、ロシアの上が詰まっていて出発できない。今回はこれは「まいっちんぐ〜」である。経由地コペンハーゲンでの乗り換え時間は五十五分。乗り遅れたらどうしろっちゅうんじゃぁ!という不安もよそにようやっと動き出したときにはすでに定刻より1時間近く遅れていた。うーん、こりゃいかんぞ。

 

 1時間遅れで成田の滑走路34を発った767(注2)はいつも通り新潟、佐渡を経てロシアに入った。なかなか美味いメシが出た後しばらくして映画の時間が来る。今回は2本立てで「ミューズ」「ダブルジョパディー」をやる。面白かったのは2本目の方だったが、1本目は吹き替えが凄い。何だか日本人じゃない人が吹き替えているようなのだ。なにしろ「僕、それ、いい思う」「ああ、君、それ、やるべき」初から最後まで、男も女も皆こんな感じで助詞を抜いて喋るのだ。喩えて言うならアメリカンホームダイレクトのCMが百倍くらい胡散臭くなったような雰囲気である。余りの気持ち悪さに最後まで見ていられなかった。いやーそれにしても話は変わるがビジネスクラスのシートの快適さは一度経験すると病み付きになりそうである。シートの前後のピッチがエコノミーの倍はある。リクライニングしても後ろに迷惑がかからないので思いっきり倒せる。足載せもあって足も伸ばしたい放題。ただ食事はエコノミーの物だった。それでも美味いので許してしんぜよう。ハッハッハ、朕は満足じゃ。SASよ、お主も隅に置けんのう。

 十一時間後、雲にびっちり覆われたコペンハーゲンの滑走路22L着陸。いやー雲が低い。風も吹き荒れている。往年の名作ゲーム「トップランディング」(注3)のようである(「状況 コペンハーゲン国際空港着陸。機種 中型旅客機。 天候 曇り。風速 10m/s。Good Luck!」という画面が出てからZuntataの曲に載せてゲームがスタート)。

 定刻より五十分遅れ。…ん、といふことは次の便はあと5分で出るといふことか(長時間の飛行の後なので頭が歴史的仮名遣ひモォドになつてゐる)。これは非常に「シェ〜ざんす」な状況じゃないかっ、えっ君?!と誰にともなく呟いてしまった。当然ダッシュ四駆郎である。頭の中で「太陽に吠えろ!メインテーマ」を鳴り響かせて(このごろダッシュするときにはこの曲が、自転車で爆走するときは西部警察のテーマ「ワンダフルガイズ」が頭の中で鳴る)、3流アクション映画のように人を蹴散らしてターミナルを駆け抜けてみるとロンドン行きのゲートには{Gate Closing}の表示が。一刻の猶予もならんぞ大門君っ、というわけでグリコのマークの人のように機内へ突入。後から同じ便で成田から来た数人がやはり滑り込み。席に座った所でドアが閉まって出発進行である。暮れなずむ町の光と影の中MD80(注4)は離陸した。

 夕食を食らっていると、隣で何やらきな臭い話が。イギリス人らしいおばちゃんがスッチャデスさんとなんぞ話している。どうも成田から乗り継いだ人間の荷物は全て置いてきぼりを食ったらしい。うーん、そう言われれば無理もないわな。人間様が乗り換えるのがやっとなのに荷物を載せかえられるわけがなかと。くう、着替えがないじゃないかっ、責任者を出したまえよ君っバンバン(机をたたく音)。こうなったら全裸で寝てユースホステルにパニックを引き起こしてやろうかしらん。1時間半後、ロンドンの上空で混雑の為5、6、回空中待機で旋回した後定刻より遅れてヒースローの滑走路27L着陸。更に機体に内臓してあるエアステア(簡易式の階段)が降りなくなったとかで待つこと二十分、ようやっと地上に降り立ったのであった。

 

 イギリスの入国審査は成田なぞに比べると信じられないくらい恐い。今回はそれをいやというほど思い知らされた。

 其の時間、EU以外のパスポートの所には2、3人しか並んでおらず、僕の番はすぐ回ってきた。カウンターの向うからはスキンヘッドにショーン=コネリー型の白くてこわい髭を生やしてべっ甲ぶちの眼鏡をかけた赤ら顔のガタイのいいオヤジがこちらをにらんでいる。パスポートを出すとまじまじと顔を見て「何日滞在するのか」とターミネーター2に出てきた悪い方のターミーターみたいな声で聞いてきた。「二十日」と答えると「Why」と、んもーこれ以上ぶっきらぼうな声を出せる人間が世の中にいるのだろうか、いるとしたらハーヴェイ=カイテルくらいだろう、全くゲンドウ親父もびっくりだわという位壮絶な冷たさ、ぶっきらぼうさ、ドスの効き具合で突っ込んできた。これは困る。一体何に対してWhyなのか。

A.何故イギリスを選んだのか。

B.何故二十日もいるのか。

C.何故お前の顔はそんなに老けているのか。

D。何故お前はここに存在しているのか・

E。その他。

「さぁ〜皆で考えよう〜」である。横取り四拾萬を出して山城新伍から奪い取ってやりたい気分である。あんまり長い間考えているうちに強制送還されてはかなわないので取りあえず「観光」と答えたら、オヤジは凄まじい力ではんこを押してパスポートを放ってよこした。余りの力で放ったので危うく床に落ちる所であった。僕はエド=サリバンみたいに胴体にめり込みそうなほど首を竦めて其の場をそそくさと立ち去った。

 手荷物受け取りのターンテーブルで三十分待ったが無情にも荷物は現れず、SASカウンターにクレームを出して、空輸され次第ユースに届けさせると約束させて、待ちくたびれていた友人Mを拾い、空港を脱出。バスでキングスクロス駅へ、と思ったら大英博物館に程近いラッセルスクエアでバスは止まってしまった。キングスクロスまでは地下鉄であと一駅ある。行き先表示は明らかにキングスクロス駅になっているのだが、運ちゃんは「ここで終点だから降りろ」とつれない返事。「うそつき…。バーン」(注5)である。結局僕たちは人気のない、それでいて時折どこからともなく奇声や叫び声のする暗い道を半べそをかきながらユースまで走った。土地勘のある地域だったのがせめてもの幸いである。これが一度も行ったことのない場所だったらこの文章が世に出ることはなかったかもしれない。くわばらくわばら桑原といえば千葉繁である(幽々白書)。

 

 結局其の日はパンツ一丁で寝た。翌朝フロントに行ってみるとちゃんと荷物は届いていた。どうも真夜中に届いたらしい。さて、この日はテムズ川を船で下ってグリニッヂの子午線の上に立ち(「イエーイ、右半身は東経で左半身は西経だぜぃっ!」)、 其の翌日はケンブリッジにあるダックスフォード戦争博物館という巨大な航空博物館を見た(ここからは趣味の話なので興味のない人は次の章まで飛ばしてチョ)。

 ここは軍用機が8割がたで大戦中の名機ムスタング、スピットファイア、ヘルキャット、さらにはB29、ジェット時代に入ってミグ19、今でも空自で現役のF4ファントム、「トゥルーライズ」でおなじみの垂直離着陸機ハリアー、そして終いには超巨大8発ジェット機であるB52戦略爆撃機まである。友人Mはヘルキャットにえらく感激していたが、僕の目的は数機の旅客機である。これも涙チョチョギレものの渋いイギリス製の機体ばかりであるが、もっと凄いのはその内少なくとも1機は機内を公開していて、操縦室から便所まで見ることが出来るのである。以前来たときは世界初のジェット旅客機コメットの中を見て回って感動した。今回は其のエンジン音の静かさから「囁く巨人」と言われた巨大4発ターボプロップ機ブリストル=ブリタニアを見た。其の愛称の通りでかい。本格的ジェット時代をもたらした4発ジェット機ボーイング707と同じくらいでかい(因みにブリタニアの全幅は707と同じ四十三m、全長もほぼ同じ四十五m。尚参考までに一般に最も馴染みが深いであろう旅客機、ジャンボ機こと747の全長は約七十m、全幅は約六十m)。機内も広々していて今のエコノミーよりよほどゆったりしている(またまた因みに僕はこのブリタニアを使っていたモナーク航空と言う会社の現在のフライトに乗ったが、その時乗ったボーイングよりこっちの方が快適そうである)。この機内の様子と言うのがまるでつい昨日まで飛んでいたかのように手入れが行き届いていて奇麗なのである。壁やカーテンにも染み一つなく、座席カバーやヘッドレストもピカピカ。シートベルトまでが航空会社の広報写真によくあるようにすべてきちんとそろえて置いてある。もしかしたら全部の座席の後ろにゲボ袋なんかがあったかもしれないが残念ながら観察してくるのを忘れてしまった。以前来たとき、この飛行機はレストアされておらず、塗装がハゲチョろけたり、主翼の外板や客室の扉が取れていたりしたのだが、今は奇麗そのもの。  

 こういう事に関してイギリス人は天才だといつも思ってしまう。飛行機に限らず、汽車なんかも四十年も前に退役した物をボランティアでレストアして走れるようにしてしまう。彼等のマッチ箱から旅客機まで古い物を何でも取って置きたがるこの精神こそ僕がイギリスを好きな理由の一つなのである。

 

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