そして伊勢

しかし、実際の内容はあまり伊勢中心じゃないんですが。

07年12月末の某日、友人M氏に、3日間にわたって伊勢・各務ヶ原・浜松を巡る旅に連れて行ってもらいました。

5時前に出発し、東名・国道1号等をひたすら西進し、伊勢湾をフェリーで渡り、伊勢神宮にたどり着いたのが昼。

かなり強い雨が降っており、境内は深山幽谷とでもいうべきたたずまい。

個人的には、この場所の持つイデオロギー的な意味合いや、日本人論での使われ方という点に絡んで、どうしてもある種批判的な目線で見てしまうんですが、そういう事を抜きにして、この森は正直たいしたものだと素直に思います。山林や雑木林ではない、これだけの規模の森に囲まれると、えもいわれぬ気分になる。明治神宮あたりの森など及びもしないほど、濃密な、迫るもののある森です。

外宮で、例の式年遷宮をする社殿及び次回の予定地を見る。現在の社殿の隣に、移設用の何もない空間が広がっている。その空間に霞が立ち込めている様は、幽玄を通り越して、いささかシュールなものさえあります。内宮へ移動し、友人M氏のお相伴に与ってお祓いを受けた後、参道へ。入り口付近にある赤福は、やはり閉まったまま。なんだかんだ言いつつも、あれはうまいんで、戻ってきたら食いたいんですが、いつのことになるやら。豪雨の中、名古屋の宿泊先へ向かい、1日目は暮れました。

翌日、朝から各務ヶ原の航空宇宙博物館へ。

YS好きとしては、この機会を逃さず、細部までなめるように見る。

現役時代、乗客として乗るときには意外と撮れなかった、こういう写真も撮っておく。こんなところで止まると後がつかえますからね。それにしても、この存在感のあるフォルム。DHC-8とは格が違います。やはり永遠のローカル空港の主です。

この操縦室も、現役時代、2度ほど訪れているんですが、今回は心行くまで撮れます。機内の状態も、ダックスフォード並とは言えませんが、思ったよりいいんですね。成田と違って、アクリル板などはないので、撮影もしやすい。

ここに置かれてから、もう結構な年月が経っていますが、昔日の姿をよくとどめています。あの特有のインバーターの音が聞こえてきそうです。

客室。「エンヂン」となっている辺りが時代を感じさせますが、この機体自体は昭和44年の初飛行という事でYSとしては後期に作られたものなんですね。

ところで、ここで撮った写真にいささか面白いものが写っていました。「あなたには見えるだろうか」(『アンビリ』ナレーション風味)では、アップで見ていただこう。

いかがだろうか。

そしてここにも。

顔?

この機体には特にその手の曰くはないはずなんですが。いや、形や見た目が2枚ともほとんど同じことや、相対的な位置が自分が動いた分と同じくらい、同じ方向に動いている事から、多分、機体の外板に反射した光が、水平安定版または機体外板そのものの波打ちのせいで、こういうことになったんじゃないかと思うんですが、こんなにそれっぽい写真が撮れたのは初めてです。ネタでアンビリとかに送ろうかしらん。

館内で目を引いたのが、「飛鳥」です。家に初めて届いた『かがく』に初飛行の様子が載っていたのを鮮明に覚えています。しかし、今となっては、ここまで複雑な高揚力装置はもはや化石と言ってもいいでしょう。見ている分には面白いんですが、この主翼の面積、機体の大きさに対して、この装置。実際問題として操縦の難しさや騒音を考えると、やはり実験機ならではといったところです。

午後からは名古屋の中心部にあるトヨタの産業技術記念館へ。

友人M氏のお勧めは、この蒸気機関。確かに、これが動くさまはちょっとした眺めです。ただ、欲を言えば、ガチで蒸気で動いていればなお結構。というか、レプリカでもいいし、近くに寄れなくてもいいんで、蒸気で動かすものを作ってくれんか。個人的には、これよりも600トンプレスなどの方が、ある意味衝撃的眺めでした。あの起動音や、稼動中に床下へ入っていったときの騒音、勿論プレスそのものの音など、すさまじいパワーです。そのほかにも、織機や工作機械の数々がありますが、本当にいちいちじっくり観ていると半日はかかります。ここと、リニモ沿線にあるトヨタミュージアムを両方見ると、トヨタの発展、車そのものの発展、生産等の技術発展が全て分かるという仕組みのようです。

3日目は、浜松にある空自の広報館へ。なんというか、国の肝いりの所はやはり全く違うなというのが率直な感想です。

置かれている機体のうち、数機には実際に乗る事が出来ます。

F86からF1へ、技術は如実に進化したわけで。

ここにはフルモーションのシミュレータがあります。3つのクラスがあって、ほぼ自動操縦の初級、空中戦のない中級、空中戦を伴う上級となっていたと思いますが、我々は上級をやってみました。全行程を通じて運転してくれた友人M氏に敬意を表して前席を譲りまして、私は後席へ。てっきり成田のDC−8のように、何もしないで座っているだけだろうと思ったら、ミッションを前半と後半に分けて、前半の離陸及び空中戦の途中までは前席、その後、着陸までは後席がやるということに。数分後、私の番が回ってきましたよ。国籍不明機を「ゲーム感覚で」打ち落とすんですが、これが一筋縄ではいかない。何しろ戦闘機ものゲームもろくにやった事がありませんから、大変です。1機落としたんですが、調子に乗ってバレルロールを1つして、元に戻りかけた所でいきなり失速。回復する間もなく落ちました。いよいよ着陸と相成りましたが、これも、私の慣れ親しんでいる民間機、それも737以上のある程度大きな機体とは訳が違う。滑走路端から5、6NMくらいのところ、300ノット近く出ている状態からILSアプローチ、ということなんですが、普段の感覚ですとこの時点でこの速度はありえない。とりあえずスピードを落とさにゃと思い、ミッション開始前に説明されたとおりエンジンをアイドルにしたまま放置。しかし、ここで悪い癖が出ました。説明の中で、横のコースを直すにはスティックでロールをかけるのではなく、ラダーで頭を回して変えたほうがいいと言われていたんですが、つい「そんな事言ったって、ロールも使って修正するのもそんなに難しくないんだろ」と高をくくって、いつもの通りスティックとラダーを同時に動かして見たところ、物凄い勢いでバンクが深くなる。こりゃまずいと思って反対に切ると、今度はそっちに倒れていく。完全な過修正です。気がつくと速度が120を切っています。高度も低下する一方。結局、機体が暴れまわるのを止められずに落ちました。失敗すると、もう1回チャンスがあるんですが、これも、速度が落ちすぎたところで取り乱しまして、また機体が暴れだす。今度は何とか押さえましたが、回復するために最大出力を使ったため、完全にグライドスロープから上へ外れ、降りられない状態に。結局これも失敗扱い。結論として、私はやはり大型機が好みだということになりました。個人的には、恐らくこれに乗れないお子様むけであろう簡易シミュレータに入っているC−1やC−130の方が面白かったりします。もしここにこの手の機体のフルモーションシムがあれば、まさにネ申スポット認定なんですが。空挺部隊を下ろすとか、地対空放火がぶっ放されてくる中を砂漠の中へ降りていくとか、そういうミッションをつけて。

とりあえず、そんな感じで見てきたんですが、一番印象に残ったのは、何しろ浜松の広報館の立派さです。ここは実は国内有数の「航空博物館」ですよ。成田や各務ヶ原のうらぶれ具合とは雲泥の差。何か物悲しいものさえ感じます。やはり国の銭がどっさり入れば、こんなことまでできるのかと。というか、空自のPRという目的があるからこそなんですが、しかし、それにしたって、この差は実際目の当たりにすると悲しい。鉄博の盛況を見るにつけ、何とかこの手の航空関連の博物館にも生き残る道はないものか、と思った旅でありました。