今から何年か前に、近現代の日本文学の作品を英語で読むという授業を取った。その授業は明らかにOYRや帰国生の為の物らしく、純粋な日本生まれ日本育ちで日本語が母語という人は数えるほどしかいなかった。正直なところ授業は退屈であったが、ただ一つ面白いと思う出来事があった。その授業の中で、志賀直哉の「城の崎にて」を読んだ時、2種類の翻訳が配られたのだが「半畳敷きほどの石」という表現を訳するに当たって一つは「about half the size of a tatami mat」と言う表現をし、もう一方は1square feetといった表現をしていた。これを見たとき、畳半畳を1スクエアフィートという単位に置き換えることにどことなく違和感を感じた。確かに外国の読者に畳半畳分の広さを説明するには1スクエアフィーと書いたほうが分かりやすいに違いないが、畳1畳という数え方はスクエアフィートや平方センチなどと同様に一つの単位である。それを注をつけるでもなく無造作に置き換えてしまうのはおかしいのではないか、と思われたのである。よく考えてみると英国の小説を日本語に訳す時に単位が違うからといって訳注もつけずにヤードポンド法の単位をメートル法に置き換えるというのは見かけた事がない。このことは単位に限らず、地名や人に対する呼びかけなどに対しても言えることである。そうするとどうやら日本語から英語やその他の言語に訳す場合とその逆の場合ではどの部分までを原文のまま残すべきものとして捕えるかに差があるのではなかろうか。現代の翻訳理論においては「訳文の形式よりも、翻訳を読んだり聞いたりする人、つまり受容者が、どのような感じを受けるかという点」(ナイダ他 1973, 2)、「簡潔な文章を評価し、原文の文化を読者に押し付けない事」、「何でもかんでも忠実に訳せば言いというわけではない」(巻下、瀬戸 1997, 87)という事が重要視される。しかし、果たしてそう言いきってよいのだろうか。勿論訳文を読む上で読者が理解しやすい文章を書くということは大変重要である。だが、原文の文化というものを本筋と関係ないから、とかそのままだと情報が伝わらないから、とか読者に不必要な混乱を与えるから、といった理由で勝手に他の言いかたに置き換えたり、削除したりするのはそれほどよいことなのだろうか。先ほど単位の例を挙げたが、英語やその他の言語から日本語になる場合、日本語に適切な訳語がない場合や原文の文化に特有の風物、習慣を表す場合、そういった単語はカタカナでそのまま表記される事が間々ある。日本語から英語やその他の言語に訳されるときには、簡略化がなされるのに他の言語から日本語になるときには原文がそのまま入ってくるという状態は非常に不公平であり、言うならば文化に優劣をつける行為なのではないか。そのことを実例を通じて検証するのが本稿の目的である。
前半では日本語から英語に訳す場合、日本語から何が削られているか、あるいはどのように言い換えられているかということを検討する。後半では逆に英語から日本語に訳す場合、同じような言い換えや省略は起こるのかということを考察する。
日本語から英語に訳す場合、日本的な風物を敢えて訳さなかったり、ほかのもので言い換えたりしてしまうやり方がしばしば用いられる。例えば、川端康成の「雪国」の一節で「島村が眺め直していると、女は火燵板の上で指を折り始めた」と言う文章がサイデンスティッカーによる英訳では「The woman began counting on her fingers.」と訳され、火燵板は全く訳出されていない。巻下らによれば、これは「女が指を折って数える姿にこそ読者の注意が向くべきで、それをコタツ板の異国性によってそらすべきではないと訳者は考えたのであろう」(巻下、瀬戸 1997, 87)。また、佐藤紘章はドナルド=キーンによる太宰治の「斜陽」の英訳を例にあげている。キーンは「お母さん」を診察に訪れる老医師の服装を描写する際、次のような「芸当」を見せる。まず、最初に老医師が現れる時の原文は
「二時間ほどして叔父さまが、村の先生を連れてこられた.村の先生は、もうだいぶおとし寄りのようで、そうして仙台平の袴を着け、白足袋をはいておられた。
それが英訳では
Some two hours later my uncle returned with the village doctor. He seemed quite an old man and was dressed in formal, rather old-fashioned Japanese costume.
と、袴や白足袋は一切訳されず、古風な日本の衣装という言葉で雰囲気を伝えようとしている。その後、医師はまた現れるのだが、そのときの描写が問題である。原文は以下のとおりである。
お昼すこし前に、下の村の先生がまた見えられた。こんどはお袴を着けていなかったが、白足袋は、やはりはいておられた。
これに対する英訳では
A little before noon the doctor appeared again. This time he was in slightly less formal attire, but he still wore his white gloves.
と、白足袋が白手袋に置き換えられている(佐藤、1996, 38-39)。
こういった自体は何も文学作品だけに限らない。日常生活の中のちょっとした事柄がどのように英訳されるのかということを見るために文学作品とは全く異なるジャンルのもの、具体的に言うなら藤島康介の「ああっ女神さまっ」という漫画を例として挙げる事にする。この作品は英仏語に訳されている。仏語訳は後半で扱う事にしてここでは英訳の中からいくつか問題になる個所を見ていく事にする。先の白足袋のように、ある日本的なものが英語になる再にほかのものに置き換えられる例をまず見てみよう。文学作品の場合、訳文を読む側がコタツや袴といったものが何なのか。ただ単に文字で書いてある限り理解できないという事がそのような日本的なものを訳さないという一つの理由になりうるだろう。たとえば、もし「雪国」の問題のシーンを映像化するとすれば、コタツという言葉を使う必要はなくなり、たとえ観客が正確にコタツの何たるかを理解できなくても、とにかくテーブルのようなものの上で女が指を折って数えているという状態は伝わる。だが、たとえ日本的風物が目に見える形で描かれていても結局そのような言い換えは起こり得る。例えば、ドラ焼きというものをどう扱うか。原文では絵にドラ焼きが出てくるだけで言葉の上ではそれに対する言及はない(付図1)。

螢一:あれ?
なんでむき出しなんだ?
ま いいか
そんな事気にしてる場合じゃないや
明日追試だし……
(藤島 1995 40−41)
同じ部分の英訳は以下のとおりである(付図2)。

KEIICHI: Huh . . . ?
Who left these
cookies unwrapped like this?
Ah, well.
I’ve got other things to worry about
now.
Like that
big test tomorrow . . .
(Fujishima 1999, 英語版にはページ数が振られていないためページ数は省略。強調分は筆者による)
英語版では目的語をはっきりさせるため、「なんでむき出しなんだ?」と言う文章にもともとはなかった目的語を付け加えて訳している。この段階で英語版の読者にはこの食べ物はクッキーであるという認識ができる。このシーンからしばらくして、再びドラ焼きが言及される。そのときは日本語の原文にもドラ焼きという言葉が現れる(付図3)。

ウルド:あ そうか あの包み紙 ドラ焼きのやつだ それで与太郎のやつ(藤島1995 53)
英語版(付図4)では

URD: Ah, hah! So
that’s it. That wrapping paper was from the cookies! Jeez, that dumb mutt! (Fujishima 1999)
となっている。
これらの例から言えることは何か。先の白足袋の例について村上陽一郎は「玄白の翻訳論」の中で次のように述べている。
これが名翻訳の例としてしばしば引用されるのは、日本の文化のなかでの「白足袋」(が果たしている役割)に当たるのが、英語(もしくは米語)では「ホワイト・グラヴズ」であって、それをキーンさんが見事に捜し当てたからだ。これを「ホワイト・ソックス」とでもしたときの滑稽さは、英語の専門家でない私でも見当が付く。
しかし、これはキーンさんを非難したり、批判したりするするつもりで言うのではないが、この翻訳では、「日本文化のなかでの白足袋」は、英語で読む人には伝わらない。英語で読む人は、英語文化圏の解釈系のままに書かれていることを理解するだけである。(佐藤 1996、40−41)
これほど大げさではないにしてもある程度似た事がドラ焼きについても言える。足袋はあくまでも足袋であって手袋ではない。同じようにドラ焼きはクッキーではないのである。後半で改めて例を挙げるが、英語から日本語に訳す際は、食べ物の名前はそのままカタカナで訳される事がほとんどである。上で見たドラ焼きに関して行われている事というのは、たとえていうならアメリカのパイ食い競争やホットドッグ食い競争をパン食い競争やもっと極端に言えばわんこそばに置き換えてしまうような事である。
このようにもとの言葉を置き換えたり、全く削除したりするやり方は風物に限った事ではない。名前や呼称も頻繁に改変される。先ほどひいたドラ焼きに関する二つ目の引用の中で日本語版では与太郎という名前が出てきた。これは主人公らの隣家の飼い犬の名前なのだが、英訳ではただ単にmuttと呼ばれている。与太郎がはじめて現れる場面を見てみよう。原文(付図5)では

与太郎:はっ はっ
ウルド:なんだ となりの与太郎か
欲しいの?
(藤島 1995 45)
英語版(付図6)では

YOTARO:: Hahh hahh.
URD: Oh, it’s just that mutt from next door.
You want this cookie?
(Fujishima 1999)
となっている。
原文では吹き出しの外に「ドラヤキ」と書いてあるのが英訳では消えていて台詞の中にcookieとして埋め込まれている事にも注意したい。犬の名前は何故消えなければならないのだろうか。仮に犬の名前を残したまま訳したとすると次のようになる。
URD: Oh, it’s just Yotaro from next door.
You want this cookie?
考えられる理由は与太郎というのが犬の名前だと読者にわからない可能性があるということである。が、このことについてもう少し深く考えてみると、どうしてそれが犬の名前だとわからないのかという疑問が生じる。上の試訳のように書けばYotaroというのが固有名詞だということは分かる。さらに明らかに犬に向かって話し掛けているのだからそれが犬の名前だという事はわかりそうなものである。名前が現れるのが唐突過ぎてわからないのではないか、言い返るなら前後の脈略がないから分からないのではないかという考え方もできるだろう。だが、それに関しては日本語版でも同じである。与太郎はこれ以前に現れた事はない。前後の脈略がないから与太郎が犬の名前だとわからないというのならそれは日本人が原文を読んだとしても理解できないはずであるが、それは非常に考えづらい。そうすると考えられるのはそもそもたとえ大文字で始まっていてもYotaroというのが名前をあらわすのだという事が伝わらない可能性があり、不要な混乱を招くから削ったという説であろう。固有名詞を削るという例は他にも見られる。例えば、永井荷風の「隅田川」の翻訳でドナルド=キーンは全ての地名を排除している(ナイダ他 1973 138)。しかし、そのような訳者の「配慮」は果たして必要なのだろうか。後半で取り上げるが、英語から日本語への訳では固有名詞の羅列はそのままカタカナで訳される事のほうが多いのである。
このような配慮の為に日本的な社会の仕組みといえるようなものまでがぼかされる事がある。例えば、やはり「ああっ女神さまっ」のなかで螢一が自分の所属する部の田宮という名前の先輩に対して何と呼びかけているかは英語版と原文では全く違う。原文では「先輩 先輩!!」(付図8
藤島 1991、8)と呼ぶのに対して英語版では「Tamiya! Get a grip!!」(付図7Fujishima 1997)となっている。


先輩という言葉を文字通りに訳しても意味をなさない事は間違いないのだが、この訳では先輩後輩という直接的な言葉はともかくとしてこの二人の間に上下の関係があるということは全く現れない。それどころか、苗字を呼び捨てで呼ぶというのはむしろ螢一の方が立場が上であるという風にさえ受け止られるだろう。一般的にいわれていることであるが、縦社会というのは日本の社会の特徴の一つであり、暗黙の了解のようにさえなっている。その部分を訳出するのは難しいといえ、少なくとも何等かの上下関係があることくらいはあらわす事は出来ないのであろうか。
ここまで見てきた日本語から英語への翻訳というものの根底にある考え方を最も端的にあらわしているのが単位にかかわる問題である。まず冒頭で触れた「城の崎にて」について詳しく見てみよう。2つの英訳のうち、半畳敷きを1square feetと訳していた方の英訳は見つける事ができなかったため、ここでは別の例をあげる事にする。問題の部分の原文は「向う側の斜めに水から出ている半畳敷ほどの石に黒い小さいものがいた」(志賀 1967、358)というものである。この半畳敷という部分をどのように訳しているか。一つはフランス語の訳で、単に大きな岩と言うにとどめている。
Prés de l’autre bord, sur une large pierre plate qui déassait de l’eau, je distinguai quelquechose do noir et de petit. (Shiga 1986 15)
もう一つは英訳で、冒頭にも挙げたように畳半分という言いかたをそのまま使っている。
On the slope of the far bank, on a flat rock, about half the size of a tatami mat, that stood out of the water, there was a small black creature (Shiga 1987, 62).
岩の大きさという情報を伝えるという観点から見れば仏訳の方がより適切であるといえるだろう。英訳の方は畳1畳の大きさというのがどの程度のものかという訳注がない事を考えても客観的に岩の大きさを全ての読者に伝えられるかどうかは分からない。また、これも前に挙げたサイデンスティッカーの「雪国」の英訳でも単位はアメリカのものに合わせて削除されたり改変されたりしている。例えば、
次の間の3畳の衣桁にも、小さいくせに胴の太い蛾がとまっていた(川端 1966、50)。
という文章が
[. . . ] and in the little dressing-room was a moth whose body was large out of all proportion to its wings (Kawabata, 1996, 89)
となっていて3畳が単にlittleになっていたり、
二階の窓障子は高さ一尺ぐらいしかなくて長細い(前掲書、59)。
という内容が
The eaves and the verandas were deep, while the latticed, paper-covered windows on the second floor were long and low, no more than a foot or so high.(Kawabata. 1996, 109).
となっていて、一尺が1フィートになっている。さらに、次の例を見ると英訳という作業がいかに合理性を追求して行われるかが分かる。再び「ああっ、女神さまっ」からの例である。

ベルダンディ:アベレージ80 先に十字路 直進
*アベレージ80/アベ8と略すことが多い。80km/h平均で走れという意味。
ラリーはスピード競技ではなく用意されたコマ地図と
横に書かれた平均速度をもとに指定された場所に指定された時間で到着する競技である
AからBへ平均80km/hの指定で50km走ったとすると到着時間は37.5分となります
ベルダンディ:アベレージ40に落として左50R通過して70に
螢一:アベレージ40といわれても
振動で全然見えないんだよ
(付図7 藤島 1990、159)
次に挙げる英訳では速度に関する事柄がことごとく変更されている。

BELLDANDY: Straight ahead to the next intersection, average 50!
*”Average 50” means maintain an average speed of 50mph.
A rally is not a contest of pure speed. Instead, you follow a map that shows average speeds between points.
The challenge is to reach checkpoint exactly at the designated time.
30 miles from point A to point B at a designated average speed of 40 mph - - arrival time would be 45minutes after departure.
BELLDANDY: Reduce speed to average 40, pass 50R on the left, then increase to 70.
KEIICHI: Average 40, huh?
It’s bouncing so much I can’t even read it!
(付図8 Fujishima 1997(a))
この例では、前半に現れるキロという単位が明記された数値は全て実際にマイルに換算されている。このように単位がどのように扱われているかという事に注目する事で、日本語から英語に訳す際の最も基本的なスタンスが見えてくる。それは、読者に情報を与える事が訳する上で最大の目的であるという事である。だからこそ、これまで縷縷見てきたように、読者にとって少しでも分かりづらい、混乱を招く、本筋から外れているように思われる、といった事柄は訳注をつけて原文のまま残すといった方法を取らずに削除されたり、訳される先の言語、つまりこの場合は英語の文化圏でのものの考え方や風物などに合うように書き換えられたりする。これはとりもなおさず冒頭で取り上げた「原文の文化を読者に押し付けない」という考え方そのものである。
日本語でかかれたものが英語に訳される際、そのように必要に応じて手が加えられるのがごく自然かつ当然のこととなっているのに対し、英語から日本語に訳す場合はどうなのか。これまで見てきた事例に当てはめて一つずつ考えていく事にしよう。
例えば一言で訳せないような風物が出てきたときにどうするか。スティーブン=キングの「スタンド・バイミー」の原書に次のようなくだりがある。
His cheeks and forehead were smeared with blueberry juice, and he looked like an extra in a minstrel show. (King, 1992, 410)
Minstrel showというのはなんのことか、辞書を見ずにぱっと説明できるという日本人はそう多くはないと思われる。Collins new English Dictionaryによるとminstrel showとは
a theatrical entertainment consisting of songs and dances performed by actors wearing black face make-up.
となっている。それを踏まえて上の引用の日本語訳を見てみると
頬と額はブルーベリーの汁で汚れ、黒人に扮したショーのエキストラのように見える(キング 1991、185)。
と、minstrel showという単語を本質的には残しながら、それをルビとして使う事で原語と意味内容を同時に伝えようとしている。食べ物に関しても日本語訳には原文を可能な限り生かそうとする傾向がある。例えば、シャーロット=ブロンティの「ジェーンエア」には次のような記述がある。
‘[. . . ]Bessie, I could fancy a Welsh rabbit for supper!’’
‘So could I – with a roast onion. Come, we’ll go down.’ They went.
(Bronte. 1996, 34)
この部分は次のように訳されている。
「(略)ベシーさん、あたし夕飯にウェルス・ラビット(チーズに薬味を入れて溶かしそれを少量のビールに浸したトーストにぬったもの)を食べたいわ」
「あたしも―焼き玉葱と―さ、行きましょう」彼女達は行ってしまった。
(ブロンティ 1996、39.原文のまま)
これを先ほど見た英語的なやり方に改めるなら恐らくWelsh rabbitという言葉は消滅してただ単に「チーズが食べたいわ」または「トーストが食べたいわ」といった具合に一言で説明がつくような言葉に置き換えてしまう事になるであろう。このWelsh rabbitの例は先に見たドラ焼きがクッキーに変わった例とは好対照を成す事例であろう。固有名詞の羅列も原文のままにしてある場合が日本語訳では多い。「スタンド・バイミー」の後書き(日本語版では前書き)は作家名、雑誌名などが大量に出てくるがいずれもそのままカタカナで表記されている。まず原文を見てみよう。
This time I thought about it a little more seriously – and then I thought about all the people who had been tped as horror writers, and who had given me such great pleasure over the years – Lovecraft, Clark Ashton Smith, Frank Belknap Long, Fritz Leiber, Robert Bloch, Richard Matheson, and Shirley Jackson(yes, even she was typed as a spook writer).
(King、前掲書、554 原文のまま)
翻訳は次のとおりである。
今度はわたしも前よりは少しばかり真剣に考え込んだ―そして、これまでにホラー作家というレッテルを貼られた作家たち、何年にも渡ってわたしに多大の楽しみを与えてくれた作家たちのことを考えた―ラブクラフト、クラーク・アシュトン・スミス、フランクベルナップ・ロング、フリッツ・ライバー、ロバート・ブロック、リチャード・マシスン、そしてシャーリィ・ジャクソン(そう、彼女でさえ、異色作家に入れられている)。
(キング、前掲書、7)
ここにあげたのはほんの一例に過ぎない。このほかにも商品名、雑誌名、書名など、カタカナでそのまま表記されているものを数えればきりがない。こういったものは英訳の際に言われる原則すなわち読書の混乱する情報は整理するべきであるという考え方にのっとれば真っ先に削除されたり置き換えられたりすべきものであるが、そうはなっていない。このような例はいくらでもあげる事ができるだろう。また、単位に関しても同じである。例えば、「朝から二十マイルは歩いてきているにもかかわらず」(コンラッド、2000、42)、「ベックウィスは半パイントのグラスにブランデーを注いでいたが」(ディケンズ、1996、185)「たちまち2ヤード平方ばかりの空地を切りひらき」(トゥエイン、1992、17)「時速74マイルしかでていないことを知って顔をしかめた」(マシスン、1991、44)など枚挙に暇がない。こういった単位に関しては訳注でメートル法に換算した値が与えられる事もあるが、何の注もない事も少なくない。このように見てみると、英語から日本語に翻訳する際は先の英語から日本語に翻訳する際の、情報を伝える事を何よりも重視するという訳の原則は当てはまらないといってよいだろう。日本語訳の場合はむしろ極力原文の形を特に語句単位で残したまま、さらには原文の文化的背景を極力そのままの形のとどめたままで読者にとって理解可能な日本語訳を作り出そうというのが基本的姿勢であるように見受けられる。最後の例として、先の「ああっ、女神さまっ」の日本人による仏訳を取り上げたい。これまで取り上げてきた英訳は英語のネイティブによるものであったが、仏訳の方は英訳に見られたのとは全く違った考え方に基づいている。先ほど取り上げたドラ焼きの部分は仏訳が入手できなかったため比較できないのだが、先輩後輩といった関係に関しては同じ部分を比較する事ができる(付図9 Fujishima、1998(b)、10)。ここで分かるように先輩はそのまま「sempai」と訳されている。さらに、先輩という語がはじめて現れた時、訳注がつけられている(付図10、Fujishima、1997(b)、82)。曰く「Sempai: Designe une personne plus agee dans un group d’individus」すなわち集団の中で自分より年上の人、という意味が与えられている。これだけでは上下関係を表すことは出来ないが、呼び捨てにしている訳よりは原文の雰囲気を伝えるという点では勝っているだろう。


また、ことわざもにも同じことが言える。「将を射るにはまず馬から」と言うことわざ(付図11、藤島、1990、77)が英語版では「To win the daughter, flatter her father」(付図12、Fujishima 1996)と英語に取り込まれているのに対し、仏語訳では「Pour tirer une fleche
sur le general, il faut d’abord viser son cheval.」(付図13、Fujishima,1998(a)、77)と直訳的表現になっていて欄外にProverbe japonaisすなわち日本のことわざとある。



また、1畳2畳…という数え方についても、訳注がつけられている(英語版はこの部分の訳が出ていないので比較できなかった)。原文では
螢一:6畳2間 バス トイレ キッチンつき 東南角部屋 大学まで10分以
内に着けて築5年以内
家賃は3万5千円程度
(付図14、藤島 1994、161)
という内容が仏語版では
KEIICHI:1)Deux pieces de 6 tatamis. 2) Une sale de bains, des toilettes et une cuisine. Sinon, j’en vieux pas! 3) Orientation sud-est en angle. 4) À10 min à pied de la fac. 5) Construction de moins de 5 ans.
6) Loyer mensuel d’environ 35000 yen.
(付図15、Fujishima 1997(b), 165)
欄外に「6tatamis=9/10u」という訳注がつけられている。


ここまで見てきた上で結論として言えることは、日本人にとっての翻訳と、英米人にとっての翻訳とは本質的に異なるという事である。前者が日本語を外国語に訳す時でも外国語を日本語に訳す時でも、可能な限り原語の文化的背景を残したまま訳す事を優先するのに対し、英米人は日本語を英訳する際、翻訳の読者が確実に一言一句理解できるという事を目標とし、その目標を達する上で障害となる語句はことごとく削除したり改変したりするというやり方を取る。そうなると、あることが浮かび上がってくる。すなわち、日本から出て行く日本の作品に現れる日本的な文化や風物が理解の妨げになるという理由で改変されたり削除されたりする一方、日本に入ってくる外国の作品に現れる原文の文化や風物は原形をとどめた形で、訳注などを伴って入ってくる。言い換えるなら、海外の文化や風物、語句はそのままの形で入ってきて、そのようなものとして受け入れられるのに対して日本のものは削除されたり置き換えられたりしてしまい全く受容先の文化圏には吸収されない可能性があるということである。冒頭に挙げた「原文の文化を押し付けない」ような翻訳というのは必ずしも全世界的に受け入れられているわけではない。日本語への翻訳というのはむしろ原文の文化に基づいた訳なのである。移入される訳がそのような訳であるのに輸出される役ばかりが「原文の文化を押し付けない」訳であるなら、当然のように日本語は輸入超過にならざるを得ない。原文の文化と訳の関係を考える上で、やたらと分かりやすさや文化からの解放を唱える前に、日本語と翻訳という問題の中には2つの全く違った考え方が同時に存在しているという事に目を向ける必要があるのではないだろうか。
参考文献
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藤島康介 「ああっ女神さまっ」 3巻 講談社 1990
藤島康介 「ああっ女神さまっ」 4巻 講談社 1991
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巻下吉夫、瀬戸賢一 「文化と発想のレトリック」 日英語比較選書1 研究社 1997
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Fujishima, Kosuke. Oh My
Goddess! 1-555-Goddess.. Trans. Alan Gleason, Toren Smith. Milwaukie: Dark
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Fujishima, Kosuke. Oh My
Goddess! Love Potion No.9. Trans. Alan Gleason, Toren Smith. Milwaukie:
Dark Horse Comics, Inc. 1997(a).
Fujishima, Kosuke. Oh My
Goddess! The queen of Vengence. Trans. Dana Lewis, Toren Smith. Milwaukie:
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Goddess edition Francaise Vol.1. Trans. Hiroshi, Takahashi. Média Système
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Fujishima, Kosuke. Ah! My
Goddess edition Francaise Vol.3. Trans. Hiroshi, Takahashi. Média Système
Edition, 1998(a).
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