未来の首都ちんたら旅

〜名古屋と万博、足にまめが出来るまで歩いてみました。

<二日目>

えらく寒いと思って起きてみると朝6時でした。
半そでで寝るにはあまりに冷房が効いていたので、持参したビニールのレインコートをかけて寝ていたんですが、それが落ちていたのね。後になって知ったんですが、ちゃんと毛布の貸し出しもあった模様。後30分で時間切れです。延長してもいいんですが何せ極限まで銭を使わないのが今回の御約束。とりあえずニュースなど見て、予定通り6時半に出立。

6時半の栄はまだ人影もまばらでサカエチカも閉まったままです。しかし朝っぱらから日差しが尋常ではなく、恐らく昨日以上に過酷な一日になるであろう事をこれでもかというくらい喧伝しています。さて、まずは朝食を、ということで、近所にあるはずのドトールを探す。しかし発見には成功したものの、あと1時間は開かない事が判明。仕方なく他の場所を探しにかかりますが、こういう時に限ってマクドもその他ファストフードもない。食事するだけなら丼物でもいいんですが、何分今日の最初の目的地である城が開くのが9時なんで、8時半くらいまでは時間を潰さねばならん。しかたなく足の向くまま気の向くままにぶらり。途中のコンビニでとりあえず新聞を買いまして、その時に何か食料を調達して外で喰らおうかとも思ったんですが、暑くてとても外で長時間座っている気にはなれず断念。気がつくと時刻は7時半に。もういい加減ドトールも開く時間ですので、戻ってしけこみますよ。新聞を読みつつ粘る事1時間。ふたたび御みこしを上げまして城へ向かいます。

歩く事20分。何やらまた中心部から遠ざかっている気配が。またやっちまいましたよ。昨日同様90度方向が違う。もういい加減地下鉄に乗りゃいいじゃないかと皆さんお思いでしょうが、そうはいかんのよ。なにせいちいち地下鉄で移動していたら交通費だけで尋常じゃない額になるんですわ。一日券の類もあるんでしょうが、今日は一日中心部にいるわけではないし、だいたいそんなに早く移動しても時間が余って仕方ないので。

城に着いてみると既に9時半でした。しゃちほこがあるべき所にはまだ足場がかけられクレーンがついたままで、その様子をうかがい知る事は出来ません。

この城ってのは戦争で一度焼失して、戦後再建されたものなんでレプリカみたいなもんなんですわな。ですから内部は何というか、ごく普通の建物でして城の中にいるという感じがしない。正直な話あまりありがたみが感じられない。せいぜいこうやって天守閣から見たときに一緒に見える屋根がそれらしいくらいだ。

外へ出て庭をうろついてから、いよいよ本日のメインイベント、トヨタ博物館及び愛・地球博方面へ向かうべく、ついに地下鉄に乗ります。いい加減ラッシュは過ぎてるってのにえらい混んでますな。まさかこれが全部万博へ向かう人なのかと思うと背筋が寒くなります。結局終点藤が丘まで乗車率は殆ど変わらず。どうもこれはやはり睨んだとおりだってんで、到着後は先陣を切って降りまして、リニアモーターカー「リニモ」乗り換え口へ。出銭ランドのアトラクションの前のようなロープで順路を作っただだっ広い切符売り場でリニモの切符を買うんですが、この段階では殆ど人の姿はなし。聞いた話じゃ、ここにしろ、万博会場にしろ、酷いときには切符を買うだけで数時間かかったりするってんだからえらいもんだ。

案の定乗車率は100パーセント近くでして、その殆どが子供づれの家族と御年寄り連中。まぁ26の男が平日の昼間からこんな所にいる方が間違ってる訳ですが。それはともかく、リニアモーターカーといっても、見た目は大阪のニュートラムとか、さいたまのニューシャトルの類とそんなに変わらない。動き出してみると、加減速中は若干揺れますが、一度巡航速度に達すると直線では殆ど揺れがない。昔の全日空のバイカウント機のキャッチフレーズじゃないですけど、多分タバコを立てても倒れないでしょう。

さて、トヨタ博物館の最寄り駅につきましたがやはり降りるのはあたくしだけでした。中国語を喋るツアー客と思しき一団が乗り込んで列車は出て行きました。駅の周囲はいかにも最近整備された感じのやたらと綺麗な道路及び高速のジャンクションのほかは畑と田んぼ。その真ん中にトヨタ博物館はありました。この博物館自体は89年からあるらしいんですが、まだきれいなものです。平日の昼間という事で人影もまばら。心行くまで見られそうですよ。

常設展示は編年になっておりまして、まずはT型フォードなどから始まります。
特別展示にはメッサーシェミットの作った三輪車なんていう珍車から
007にボンドカーとして出てきた2000GT、
そしてデロリアンなどが。
戦前から戦中にかけてはやはり外国車の展示が多いのですが、ここの目玉は何といっても戦後の国産車コレクションではないかと。pなじみ『プロジェクトX』に登場した車も多数展示してある。初代クラウン。これ、実際見ると随分車高が高く、タイヤ周りがどうも無骨な感じです。確かにこれなら未舗装の道でもそうそう簡単にはまったりする事はないでしょう。
トヨタの車以外にも色々ありまして、車種も多種多様なんですが、とりあえずこれは、というところだけ。このコスモスポーツってのは今見ても斬新なデザインで。2000GTもそうですが、これも今、内容を現代風に改めて売りに出したら結構売れるんじゃなかろうか。
そしてプリンス自動車のこれ。これも動態保存な訳で。このほかにも定番のヨタ8や通常タイプの2000GT、いすゞクーペなどのスポーツカー、パブリカや初代ファミリア、カローラなどの乗用車、さらにキャロル、コンテッサ、ヒルマン、べレット、コロナ、グロリア、コルト、ブルーバード、ミンクス、セドリックなど『自動車ショー歌』に出てくる車も軒並み展示中です。

結局ここに2時間近くいまして、気づくと1時過ぎに。「サツキとメイの家」観覧の集合時間まであと1時間45分。そろそろ移動しますか。

再び乗車率100パーセントのリニモで万博会場へ。持ち物検査で明治村で買った電気ブランの中身を尋ねられてどうしようかと思ったんですが(酒だとばれるとボッシュートになるかと思って)、係りのあんちゃんが「お菓子か何かですね?」というんで、「そうですそうです」と嘘をついてそのまま突破。ゲートから一歩入りますと、何かもう凄い人と凄い暑さです。集合時刻まではまだしばらくあるので、とりあえず今朝の新聞に載っていたアフリカ合同館で出しているうまそうな食い物を食いに行くとしましょう。

しかし、このアフリカ共同館ってのが結構遠い。案内板を見ると徒歩20分なんて書いてある。じゃあ乗り物で、と思ったんですが、園内循環の輪タクだのトロリーみたいなやつだのは1回乗るごとに300円かかる。こんなのに何度も乗ってちゃそれこそ破産ですよ。これはもう歩くしかない。

しかし、まぁ暑い事暑い事。遮るものもないので陽がガンガン照りつける。そこに人いきれも加わってもう大変です。5分と行かないうちに、これは水分を大量に補給しないと本当に死ぬ、ということが明白になったんで、取るものもとりあえず1リットルの水を買い込んで行軍再開。ようやっと着いたところで昼食。名前は失念してしまったんですが、確かエチオピアの料理で、骨付きの鶏肉にスパイシーな茶色のソース(見た目はスープカレー風だが、味は所謂カレーではなく、本当のスパイスの味)をかけ、半分に切ったゆで卵と粒の長いご飯(所謂タイ米風)を添えたもの。新聞の説明では確か「シチュー」となっていたと思いますが、感覚としてはやはりご飯がついている分スープカレーに近いような。なかなかうまい。

そうこうしているうちに集合時間まであと1時間を切りました。「サツキとメイの家」があるのはここからさらに会場全体を回る道を3分の1ほど行ったところから、20分くらい行った所なんで、そろそろ移動しなくては間に合わん。歩きます。もう暑くて大変です。歩いていると時折道沿いに立っている支柱から霧状の水が噴霧されている。これがかかっても濡れないんですね。何か最新の技術らしんですが、涼しくはない。もうそんなものでどうこうなるレベルではない暑さなんですわ。

会場の中心部から離れてさらに歩いていくと、前方にこんな物が。
『トトロ』に出てきたバス停です。ちゃんとウェザリングがされていて芸が細かい。ただ背景がこんななんでどうにも場違いというか、とってつけたような感じなのが玉に瑕ですが、雰囲気はいやがうえにも盛り上がります。

集合場所に着いて受付をすると昭和30年のその日の新聞の復刻版だのパンフレットだのを渡され、その時間の観覧に当選した人々と共にテントの下に座って開始を待ちます。この日の1面トップは『原子力利用開発推進法 内閣に審議会』。そのほか『中共へ視察団 新聞通信放送15代表』とか『保守合同で自由党から公開状 新党秋までに結成』なんていう記事が時代を感じさせます。しかし、何より面白いのは社会面です。この新聞、復刻版という事で伏字が結構あるんですが、社会面に出ている殺人事件の記事の伏字が気になってしょうがない。容疑者を捜査当局が真犯人と見ている理由についてなんですが、「@事件前に銀座の山下橋、新幸橋ぎわの(伏字)に背広姿であらわれ、”秘密探偵”と称し夜になると(伏字)に変装、現場付近をうろついていた事 A特に事件前の四日夜から五日午前一時ごろまで(伏字)いたのがその後消息をたっており(以下略)」って、一体どんなやばい事をしていたのか。何となく想像はつくような気もしますが、今度折があれば実際の縮刷版を見てみよう。そしてもう一つ気になるのはとなりに都内の暑さに関する記事が出てるんですが、その当時暑いとされていた気温が32度なんですね。やはり最近の暑さはおかしい。

そんな事をしているうちに案内役のお姉ちゃんが現れまして、いよいよツアーの始まりです。

まずこれが玄関。映画だと親父の書斎とか台所とか縁側とか、玄関以外のところから出入りしている印象が強く、玄関周りはあまり印象に残らないのですが、こうして見ると結構変わった造りをしています。この写真だとよく分かりませんが、右側の書斎の屋根にはきちんとウェザリングが施されています。
見学は2班に分かれて行われ、先に1班が屋内を見、もう1班が外回りを見る。屋内では写真をとるべからずというので、これや、次の写真などは外から窓越しに撮ったものです。
縁側。右手のすだれの後ろにサツキの机があり、本やランドセル、ノートなどが置かれています。基本的に中に置いてあるものは何でも触れるので、箪笥を開けたり引き出しを開けたり押入れを開けたり靴箱を開けたり色々やってみました。箪笥には家族の服が、押入れには布団が、引き出しにはこまごましたものや、おかんのものらしきネックレスなどが、靴箱には一家の靴が当然のように入っていました。が、ちょいとぬかりましてノートは開けなかった。何か後で聞いた話ではちゃんと書き取りの練習がしてあったそうです。
台所は映画で見るより奥行きが狭い感じです。棚に調味料などが置かれているんですが、全て当時のものです。一体どこからこれだけ大量に集めたのか不思議なほど大量の当時の日用品が棚という棚、引き出しという引き出しを埋めています。
もうこれでもかというくらい細部まで再現され、実際に映画と見比べてみると本当にそっくりなんですが、やはり限界がありまして、敷地の形や広さまでは完全再現できなかった模様。この井戸はちょいと家に近すぎました。これではどう頑張っても映画の通りの絵は撮れません。しかし、それを除けば外周の再現の細かさも大変な物で、台所の裏にはちゃんと薪が積んであったりします。
しかし何より圧巻なのはこんなものまでしっかり作られている事でしょう。この蜂の巣も遊び心を起こした職人が手作りでつくったそうな。他にトンボの巣もあるらしいんですが発見できませんでした。
親父の書斎。この部屋は何とも壮観です。左下の下駄がまた何とも細かい。なお、椅子の下にある豚型蚊取り線香は我が家で普通に使われているのと同じものでした。
内部。あたくしの部屋もうっかりするとすぐこれに近い状態になるんで困りものです。
2つ上の写真、右下に写っているのがこれ。あたくしはこれを見て妙に感動しました。迷子になる直前だったか、メイが絵を描いていた椅子と道具。残念ながらスケッチブックには何も書いてありませんでした。
映画で最初にこの家が出てくる時のアプローチのシーンはこんな感じだったと思います。本来庭のある場所に木や池があるため、雰囲気は全く違います。
全景。これは当選しなくても入れる展望台から撮ったものです。

まぁそんなこんなで今回のメインイベントを終えたわけですが、これは斬新な企画だと思いますよ。のび太の家とかサザエさんの家をミニチュアで作ったってのはありますけど、2次元でしか存在しない建物を実際にゼロから作り上げ、なおかつその中身まで徹底的に再現したってのは前代未聞なんじゃないっすかね。なおかつ中に入って、置いてあるものに自由に触れるってのは最早革命的かと。気がかりなのは万博が終わったあと、これがどうなるのかという点ですわな。どこが引き取るかというのは別にどうでもいい…っちゃ言いすぎですけど、さほど大きな問題ではない。公開形態をどうするのか。今のまま、自由に中に入って物に触れるという形を続けるなら状態の維持にかかる手間隙や費用はバカになりませんよ。そうかといって内部は立ち入り禁止にして外から見るだけでは折角内部まで完全再現した意味が薄れてしまう。まぁ恐らく一番いいのは普段は立ち入り禁止で、何ヶ月かに1回ご開帳という形でしょうが、その抽選の倍率たるやどえらいものになるでしょう。何にせよ、今後の動向が気になるところです。

さて、ここからはとりあえず適当にパビリオンを回りますよ。そうは言ってもどこにいくにしても整理券をあらかじめ入手するか並ぶかしなければならない。家に行く前にマンモスと抱き合わせのグローバルハウスの整理券は入手してあったんですが、その直後、ほぼ同じ時間に始まる押井守の監修した『目覚めの箱舟』の整理券を配ってるのに出くわしまして、マンモスは並んで単品で見る事に。家を出て歩く事20分強。炎天下に並ぶ事さらに20分強。ようやっとご対面です。昔の上野のパンダのように、ガラスの前を列になって動きながら見る。動く歩道なんで、強制的に流れていくんですが、徐々にそれらしいケースが近づいてきます。さあ、噂に高いマンモスとは果たしてどんな凄いものなのか。


……
………

あー、そうですか。ふーん。
いやぁ、何ていうか…干からびた象に毛が生えたような、そんな感じ。妄想をたくましくして生前の全身像を想像したり、これは18000年前のものなんだということをことさらに脳内で反復して、そのロマンに思いをはせない限り、そんなにありがたい見た目じゃないのね。

続いて『目覚めの箱舟』
入場しますと中央の床に巨大モニターが埋まっており、その周囲を高さが3、4メートルある甲冑(球体関節人形らしいんですが)が2列で囲んでいる。列の最初の方に並ぶとこのモニターの周りや上で見る事が出来ますが、それ以外は壁に沿ったらせん状の通路から見下ろす事になります。内容はまぁ、イメージビデオといいますか、いかにもまもちゃんらしい映像(鳥、廃墟のようなビルの先端が雲から突き出す様子など)の数々に川井憲次の音楽を合わせたものでして、『攻殻』や『イノセンス』を見ていればああこれかとなるようなものなんですが、そこはそれ、全国津々浦々からたくさんの方、特にお年寄りやお子様連れが多数お見えになる万博でございますから、そんなもん見たことのある人の方が少ないんですね。終了後、大部分の人が狐につままれすぎて顔が変形しそうになっていました。周囲にいたおっちゃんおばちゃんじいちゃんばあちゃんから「これと万博にどんな関係があるのか分からない」「環境と全然関係ない」「そもそも何が言いたいのか分からない」など非難の声轟々。最も全ての批判を端的にに表していたのが、出口へ向かう際あたくしの前を歩いていたおばちゃんの一言。パンフレットの裏のまもちゃんの写真を見ながら曰く「誰、この押井守さんて人。全然だめだよ、この押井さん」
やはりノンケの人にパッと見せてはいけないものらしいです。

外へ出ますと日立だのトヨタだのの企業館は旧ソ連のような行列が。もうこれは完全に見るのを諦めまして少しぶらっとしますと、JR東海の超伝導リニア館は案外並んでいない。所要時間30分というので並びました。もうこの頃になると足が完全に死に掛けてまして、足の裏全体が熱を持ったようになり、片方の足の親指と人差し指に巨大なまめが出来て歩くと痛い。しかしここでへたる訳にはいかんのだよ。入るとまず導入の映画を見せられる。これが立ったまま、イモ洗いのような状態で見せられるので大変だ。いいから早く終わってくれと思ううちに終了。いよいよメインイベントの飛び出すリニアモーターカーの映画を鑑賞します。メガネが配られますが、昔の飛び出す映画の類と違って赤と青ではなく、透明のレンズがついています。この立体映像、なかなかのものです。場面によって3D効果が大きい時と小さい時がありますが、全体として新鮮。色が分かるようになったため、これまでの赤と青時代の目がちかちかする感じはなく、質感なども伝わってきます。しっかし、、見ていて一つ思うのは陸上を時速500キロで走るなんてあたくしには耐えられない。今の新幹線だって…まぁ滅多に乗らないんですが…それでもスピード感がありすぎて長時間乗ると疲れるってのに、あれ以上のスピードで走られたら多分あたくしはめまいを起こしますね。何せジェット機の巡航速度には劣りますけど、上昇中に出すくらいの速度で地上を走るんだから。正直実用化されてもあまり乗ろうと思わんわ。

外へ出ると既に日が傾いて、ぼちぼち灯ともしごろです。もう足が死にます。まぁ一応国別パビリオンにも入っておくかってんで一つ二つ入りましたが、もう疲労が限界でどこで何を見たのか記憶があいまいです。ヨーロッパ方面だったことしか覚えていません。燃料も切れる直前なので、何か食おうかと思いますが、食事が出来る場所はまたもや旧ソ連を髣髴とさせるありさま。諦めてぼちぼち立ち去る事に。時刻は7時を過ぎているので、リニモで帰った場合恐らくラッシュ時の地下鉄に乗って移動する事になる。事前に聞いているところによるとリニモに乗るのにさえ下手をすると1時間、またはそれ以上かかることもあるらしいので、名古屋駅直通バスで駅へ行き、出発まで食事などを取りつつ休息する事に。しかしこのバス停が恐ろしく遠い。ヨーロッパのパビリオンがあるのがまた会場の一番南端なので、バス停まで行くには会場を半周した上さらに歩かねばならない。30分くらいかかりそうです。しかし後の苦労を考えればそれを耐えてでもバスに乗るしかないので、再び行軍開始。ようやっとバスに転がり込むと足の裏が熱い。考えればもうい加減14時間近く、殆ど休みなく歩いているので当たり前ですが。

名古屋駅に着くころにはすでに8時を過ぎ、空腹で半ば死に掛けておりました。とりあえずどこか食える所はと思ってうろつくと、セントラルタワーズに資生堂パーラーがあるじゃないですか。ご存知の方はご存知でしょうが、あたくし、チョコレートパフェの鬼です。この店のそれは大変うまいんですが、これまで行っていた池袋西武からは撤退してしまい、それ以来ついぞ食っていなかったがこんな所で再会できるとは。ということでここで食事に決定。

名古屋限定メニューなるハンバーグおよびチョコレートパフェをば注文して待っていると、通路を挟んで反対側の窓辺に座っている男女の会話が耳に入りました。男の方は30代の初めか半ばくらいでしょうか、グレーのスーツを着ています。女の方はもう少し若くて20代の初めか半ばくらい。もれ聞こえてくる単語は「僕のセミナーが…」「就職についても相談に乗るから…「自分に合った仕事を見つけて…」などといった雰囲気だったんで、最初は学生と助教授もしくは助平な博士課程在学者あたりかと思ったんですが、どうも男の様子がそういう風には見えない。明らかにプレゼン、それも人を丸め込むためのトークに長けている感じなんですね。しばらく聞いていると「僕は呼ばれれば全国どこにでも行きますよ。今は主に東京都大阪と名古屋なんですけど、この前は広島でも頼まれて話をしましたし、個人の依頼で1対1で話すこともあるし…」なんていう言葉が聞こえてくる。なんだか臭いですよ。そしてとうとう決定的発言が。「この前、プロのクラリネット奏者のカウンセリングもしたんですけど、丁度CDを出す前で色々あったみたいなんですね。うまく行かなかった。でも僕と話をして自信が出たみたいで云々かんぬん…日本でクラリネットのソロでCDを出してるのはその人だけなんですぐに分かると思うんですけど云々かんぬん…」

あー。セミナーってそういうセミナーですか。

この頃にはすでにハンバーグを食い終えていまして、メインイベントを待っていたんですが、そこからトークはさらに生々しい方向へ。とうとう銭の話や予約云々の話を始めました。そしてパフェ到着と同時に男の方が「じゃあ、今から早速、もう少し静かな所で話しましょう。ちょっと段取りつけてきますから」なぞと言って携帯を取り出しつつ一旦退場。あたくしが食い終わって久々に食ったパフェの余韻に浸る頃にはご両名はそろって夜の町へ消えて行きました。おいでませ素晴らしき人生改造計画へ。合掌。

さて、いよいよ今回の旅も終わりが見えてきました。水をがぶ飲みして粘った末、出発まであと1時間弱。近所にあったゲーセンで非常に久々に電Goをやるものの、さっぱり出来なくなっており時の流れを感じたりするうち、いよいよ出発のお時間です。車内には自分を含めてわずか3人。これなら席を全部倒しても問題ないじゃないか。というわけで行きと同じく首から上の穴という穴を全てふさいだ上で席を完全に倒す。しかし好事魔多しで、途中の栄だの春日井だのから乗る人もあるので席は倒さないで下さいとのアナウンスが。一旦は席を立てたものの、最早体が限界です。寝てしまえばこっちのものということで、栄を出る際後ろに誰も乗ってこないのを確かめて半分ほどまで席を倒し就寝。その後、誰かが乗ってきて、頭をつかまれたような記憶があるのですが、もうそんな事はどうでもいい。泥のように眠りましたね。気がつくと外から救急車とパトカーのサイレンとともに日の光が。これはまごうかたなき都内の雑踏だ。朝6時。これから一旦帰宅後、10時からのバイトへ出動です。

そんなこんなで帰ってきたわけですが、いや、何しろ疲れました。足が。いや、銭をケチったのがいけないんですが、会場内を移動するのにいちいち300円も払うのはやはりいかがなものかと。そしてあの人の波。たまらんね。正直万博はこんなものかという感じでした。あそこはついでにぶらっと行くのが正解。それより周辺スポットをもう少しうろつきたかった。特に航空ファンとしては各務ヶ原の航空宇宙博物館やセントレアにいけなかったのが残念。それでも強行軍の割には満喫したなというのが最終的な印象です。次に行く時は是非「金の柱」とは何なのかを確かめてきたいと思った、そんな旅でありました。

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